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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

カテゴリー "プロレタリア文学" の記事

⑮「党生活者」 /小林多喜二 1932年

「党生活者」 小林多喜二 1932年(昭7)


~あらすじ~
 満州事変以降、軍需品を大量生産するようになった倉田工業では、工場内の労働環境の問題を取り上げたビラが定期的に撒かれている。
「私」は工場に「もぐり」として勤め、数人の同志とともにこの運動を行っているが…


・感想
 ●「非合法」運動について
 労働者の不満を取り上げ、団結を促し、最終的には国家体制の変革に繋げていこうとする、一連の流れが、分かりやすく学べる。
争議による労働環境の改善から、労働者の立場向上、革命に至るには、途方もない遠い道のりがあることもわかる。

 特に諸外国より労働者の立場(特に工場や第一次産業)が著しく低い当時の日本では、労働争議から結び付いて、社会主義思想に共鳴する人が今よりかなり多かったのだと、考えさせられた。
 ソ連崩壊後に生きている私には、社会主義国家はその機密性や指導者の絶対性から、「恐い」というイメージが強いが…。

 そして、党員生活の実態。
 特高に追われ、気の休まる瞬間もなく、住居を点々とする日々。
 しかし、「私」が捕まることを恐れているのは、苛烈を極める拷問のためではなく、仲間との連絡が上手くいかなくなったり、その結果活動に支障が来たされたりするためである。
 生活すべてを捧げ、命をもかけた活動には、ただただすごいと思うばかりである。

 ●工場での闘争
 資本家と労働者の対立という大筋は、蟹工船と変わらない。
 しかし、党生活者では、蟹工船の世界とは異なった、より複雑で狡猾な攻防戦が、繰り広げられる。

 工員を装い、両陣営から仕込まれたアジテーター。(サクラともいう)
 退職金や本採用などのエサをちらつかせ、労働争議を阻止しようとする工場側。
 それに対抗して、団結を図り、工場に要求を行うために、労働者に地道な根回しを続ける「私」たち。

 戦争は、貧富の差や国民の窮状を解決する手段であるという資本家。
  戦争→それに伴う産業の活性化、雇用創出
領土拡大→巨大市場の獲得、インフラ投資
 対して、 「大衆から積極的支持を得られなけらば闘争は成功しない」という信念のもと、時間をかけて説得し、仲間を増やしていく「私」たち。
 そこには、本当に貧富の差もなく、誰も飢えない輝かしい未来があるように見えて、心が動かされる人も多いと思う。

 しかし体制を変えるには、武力衝突もあろうし、政権奪取後、ソ連など多くの社会主義国家で、指導者や幹部が絶対的な権力を持つようになり、「大衆」を意識しなくなることは、想像できなかっただろう。
 体制変革のその後の道は、示されていないが(まだそこまで行く段階ではないからかもしれない)、そのあたりのビジョンはどうだったのだろうかと思った。

・「蟹工船・党生活者」小林多喜二  新潮文庫

⑭「蟹工船」/小林多喜二 1929年(昭和4)

「蟹工船」小林多喜二 1929年
~近代日本の暗部・使役労働者たちの実態~

・あらすじ
 明治時代。オホーツク海を運行する蟹工船では、企業の収益のみを重視し、労働者たちは、非衛生的かつ非人道的な扱いを受けていた。
 労働者の生命をも軽視した扱われ方に、彼らはだんだん憤りをあらわにしていく。


 開拓期の北海道を作りあげた労働環境の過酷さはよく知られている。
 囚人労働に起源を発する「タコ部屋」労働によって敷設された鉄道やダム、埋め立て地。
 爆発が日常的に起こる炭鉱。不毛の荒野を開拓していく農業。北の冷たい海で行う漁業...。
 広大な自然の恩恵と表裏の過酷さ。産業を興し一から街を作り上げていく苦労は、現代の私たちには想像もつかない。
 そんな中で、労働者たちの命は使い捨てのように扱われた。

・以下物語の核心に触れています。
 「監獄だって、これより悪かったら、お目にかゝらないで!」
 「こんなこと内地さ帰って、なんぼ話したって本当にしねんだ。」p.40
 「生命的だな!」「死ぬ思いばしないと、生きられないなんてな。ー瓦斯も恐ッかねど、波もおっかねしな。」p.41


 蟹工船には、東北をはじめとする各地から、様々な境遇の労働者たちが集められている。

 事故の頻発する鉱山に恐怖を覚え、やまを下りた元鉱夫。各地を流れ歩く「渡り者」や「季節労働者」。
 職業斡旋屋に騙されて連れてこられた学生上がりたちなど。
 彼らは、その劣悪を極めた不衛生さによって「糞壺」とよばれる狭いスペースで雑魚寝する。

 そして、彼らを打ちのめすのは、過酷な労働や不衛生な環境だけではない。

 仕事を放棄した雑役夫が、監督に閉じ込められて殺されたり、仲間の船が沈没したのを聞かされたりする。
 また、ロシア領内での密漁が国によって(!)奨励されており、ロシアの駆逐艦に追われるなど、精神的なダメージもかなり堪える。
 みな、それらの疲労や神経を、安くて強い酒で紛らわす。

炭鉱では、炭鉱事故が起これば労働者たちは生き埋めになる。
蟹工船でもいつ沈むかわからないようなボロ船に乗り、仲間の船が沈んでも見殺しにされる。
 このような物語や女工哀史を読むにつけ、近代日本の発展や北海道の開拓は、犠牲の上に成り立っているのだということを実感する。

 そんな中、彼らに一筋の光が。
漂着した漁夫たちは、偶然助けてもらったロシア人一家と中国人通訳と話し、自身の尊厳を自覚する。
 要約すると、「労働者と資本家の立場やパワーは実は逆」で
 「労働者が一番偉い、労働者がいなければパンがなくて、みんな死ぬ。」
 「数に勝る労働者は、団結し、協力すれば資本家や権力と戦える」
 使役されるのを当たり前として、過酷な労働に甘んじていた彼らを変えていくきっかけとなった場面である。
 社会主義革命がおこる原理をわかりやすく示していると思う。

 最後、自分たちの敵→現場監督から、資本家と癒着している軍隊、国家であると気づいていく労働者たち。
 今の労働者たちの権利を「当たり前」にしたのは、こうした奮起があったからだと強く感じた。

・引用文献「蟹工船・党生活者」より「蟹工船」小林多喜二 新潮文庫(1953)

①「舗道」宮本百合子/1932年

「舗道」 宮本百合子 1932年(昭和7年)
 ~職業婦人の花形・タイピストたちの苦悩と団結~


 プロレタリア文学の中でも肉体労働者ではなく、知識労働者・女事務員達の不平や不満、団結を描いた作品。会社内での男女や女事務員同士の様々な格差を意図的に描きだすことで、社会的不平への団結行動、社会システムの再構築の必然性を訴えようとしている。
 ある種の主張に基づいているため、主人公たちの会話や思考の内容は、ほぼ会社や社会への不満である。若干の誇張はあるかもしれないが、当時の丸の内オフィス街の様子やタイピスト、事務員たちの様子が描かれていて面白い。本作は、1932年から「婦人之友」に連載されていたが、著者の検挙により物語がようやく動き始めた所で終わっているので、それが非常に残念。

~あらすじ~
 昭和初期、主人公ミサ子は丸の内の大企業に勤める女事務員。会社内での男女差別やサービス残業、栄養不足な社食など様々な不満を持ちながら、ただ同僚達と愚痴を言っているだけの毎日を歯がゆく感じている。
 そんな中、長年勤めていた同僚はる子が病気を理由に突然解雇される。仕事に尽くした女性に対する、会社の冷たい態度を目の当たりにしたミサ子は、聡明な同僚の柳と共に慰安金集めを始める。
 この一件を期に、女事務員達は課の垣根を越えて、団結力を増していく。
 (著者の検挙により未完)



 実際丸の内の気分も、この二三年に変った。ミサ子が女学校時分ここを通る毎に感じたような、自信ありげな、燦燦光るような雰囲気は、この頃の丸の内のどこの隅にもない。ぶらぶらと歩いている連中も気むずかし気に巨大なビルディングの下で、小さくごみっぽく見える。(p.199)

 宏大なビルディングの聳え立つ丸の内一帯の風景が、からくりをわって、現実の底から初めてミサ子の前に立ち現れた。最後には必ず大衆によって征服されるべきものとしてそれは示されているのだ。ミサ子もこの頃は、現在の社会で多くのものを不幸にしているのが、一人二人の人間の力、まして××○○会社の穴銭沖本だなどとは思っていなかった。この資本主義の世の中そのものが組み立てなおされなければならない。(p.211)


 ――この二者の記述は、丸の内のオフィス街を見つめるミサ子の心情の変化を表現している。不満を募らせてくさくさしていたミサ子だが、友人柳から左翼系の組合に所属していることを打ち明けられる。後者の文では、新しい社会体制の到来という希望と決意から、今まで当たり前に見えていたものの見方が変わったことを、象徴的に表している。
 
以下、物語のポイントと感じたこと。(物語の核心部分を含みます。)
①様々な格差
 作中には男女を始めとする様々な格差や差別が登場する。ミサ子の会社の女事務員は縁故によってのみ採用される。家族に生計を主に担う親兄弟がいることを前提に雇われた彼女らは、長年勤めても正社員になれず、退職金もない。不況の煽りを受け、女性を多く採用するが、賃金の安く済む若年層を欲し、古株は解雇する。もちろん既婚者は嫌がられる。
 女事務員同士でも社内では重役と縁故のある者、そうでない者、大企業と中小企業の女事務員の格差が描かれている。
 
 差別を受ける側として、主に二人の女性が登場する。
 ミサ子たちが団結するきっかけとなった同僚のはる子は、旦那が無職で子供を堕胎し、病院の処置が悪かったために体を壊してしまう。長年勤めたはる子に対し、会社は手切れ金のようなお金を送り、退職を勧告する。
 また、小さい会社で働くミサ子の友人・みどりは、女学校を卒業して英文タイプもできるが、東北の出身のため紹介者が必要な大企業には入れない。職業紹介所に斡旋されて入った小さい会社では、仕事のほかにもサービスを強要されていると嘆く。そういう会社は女性の容姿だけを見て、訴えられないようにわざと身寄りのない人を雇うという。これら女性の悲痛さが目立ち、誇張表現であってほしいくらいである。
これらが物語中盤から展開される、作者の社会体制を根底から変えなくてはだめだという主張につながってくる。

②共通の敵に立ち向かう女性の団結力
解雇されたはる子への慰安金集めも男性社員達はほとんど相手にせず馬鹿にする。しかし、いつの時代もそうだが、うわさ話や不満などは女性たちの中ですぐに広まっていく。この女性達の共感性や同調性の強さが及ぼす影響力ははなかなか侮れない。重役や男性社員、重役の親戚の女事務員などの共通の敵や不満を前に、女達は結束力を高めていく。

③圧力や権力ではなく、主体的に人を動かすすべ
ミサ子の友人・柳は社内の事務員達が団結力を高めることに、静かに働きかけていく。その発想力は見事で、影に他のブレーンの存在を思わせる。実際彼女は左翼の組合に所属しており、彼女は社内雑誌講読会やお昼休みの40分ウォーキング、慰安金集め、左翼劇場への観劇会など女事務員達の様々な企画を発案をする。
しかしそれらを押し付けるでもなく、他者の自由意思を尊重している。これらを通じて事務員達自らが社会の矛盾に気付き、主体的に行動することを望んでいるのであろう。

ほどう
・引用文献:「アンソロジー・プロレタリア文学 2 蜂起 集団のエネルギー」 著者 楜沢 健 (編)
(2014)より、「舗道」 宮本百合子 全70p