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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

2017年12月の記事

⑤「女生徒」 太宰治/1939年

「女生徒」 太宰治 1939年(昭和14)
~多感な少女の移り気と憂鬱と~



 太宰お得意の一人称口述体の小説。ころころと揺れ動く少女の気持ちの変化が面白い。
10代の少女が一日の生活の中で、あちこちに考えが飛んで行ってしまう、移り気な気持ちと、時々感じる憂鬱をよく表している。そうそう、そうだよねと共感できるところがいくつもある。
 なんで10代って感受性豊かで、様々なものを見たり、聞いたり、様々な外部刺激から、いろいろと、とりとめもなく考えが浮かんでしまうのだろう。すぐあちこちに考えが飛んで行ってしまう。(私は今でもそうであるが…)
 この少女に限らず、人間っていうのは、朝を起きてから寝るまで、ほとんど一日中何か考えている。
考えていることすら気づかずに、考え続けていることもある。そして、次の瞬間にはもう何を考えていたのか忘れているということもある。「考える葦」とは本当によく言ったものだ。


~あらすじ~
ある女学生の、とある一日。朝目覚めてから就寝するまでの気持ちの揺れ動き。


・10代の少女の憂鬱
「女はいやだ。自分が女だけに、女の中にある不潔さが、よくわかって、歯ぎしりするほどいやだ。いっそこのまま、少女のままで死にたくなる」p.99。

「顔は、他人だ。私自身の悲しさや苦しさや、そんな心持とは、全然関係なく、別個に自由に生きている。(中略)目が、とってもいい。青く青く、澄んでいる。美しい夕空を、こんなにいい目になったのかしら。しめたものだ。」P.104

「肉体が、自分の気持ちと関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。めきめきと、おとなになってしまう自分を、どうすることもできなく、悲しい。」P.115

・おかあさんへの思い
 父を早くに失った主人公の女生徒は、同性である母を客観的に分析したり、生意気で純粋さを失ってしまった自分を恥じたりする。

「私自身、くるしいの、やりきれないのと言っておかあさんに完全にぶらさがっているくせに、おかあさんが少しでも私に寄りかかったりすると、いやらしく、薄きたないものを見たような気持ちがするのは、ほんとうに、わがまますぎる。おかあさんだって、私だって、やっぱり同じ弱い女なのだ。」P.119


・女学生の家事労働
 小説のメインではないが、私は、主人公の一日を通しての働きぶりにかなり感心してしまった。

 年は16、7才だろうか。彼女は、学校に行く以外は一日中、一人前に家事をこなしている。
まず起きたら蒲団をたたんで、部屋のお掃除。
自分で縫った刺繍のついた下着を着る。
 朝ごはんのおみおつけを温め、朝食の支度。きちんと戸締まりして、通学。玄関前をちょっと草むしり。
帰宅すると、お客さんが来ているので、夕食を準備。お米をといで、魚は西京漬け、キュウリの三杯酢、卵焼き、もろもろ。
(実はこの時すでに戦時中なのであるが、物資統制はまださほど厳しくないらしい)
 お客が帰った後は、座敷を掃いて、お風呂を沸かす。
といっても、今みたいにボタン一つで沸くわけではない。石炭をくべて、湯を沸かす。火の様子を見ながら、その灯の元で宿題をする。
 夜はおかあさんに肩もみ、本の朗読してあげている。そして夜中に、洗濯(もちろん手洗い)、風呂掃除。
…以上が彼女の日課である。

なんともかいがいしい…。偉すぎる。
私よりもはるかに家事労働している…。ましてや高校生の頃、どれほど家事をやっていただろうか…と反省してしまう。


●雑談
 大宰は、実際の女学生の日記を参考にこの小説を書いたらしい。ならば、このクオリティーの高さは頷ける。
そうでなければ、中年男が、10代の少女の気持ちをこんなにわかりすぎているのは、正直ちょっと気味が悪い…
 個人的には、太宰の作品では、「人間失格」や「斜陽」などの自伝的要素が強いお話よりも、こういう創作された短編の方が好きである。ユーモアもあってとても面白い。
彼の自伝的小説の方は、自分をわかってほしい、自分の苦しみをわかってほしいという、心の叫びに見え(だから何回も心中未遂したのだろうが)、自己承認欲求の念が強すぎて、ちょっと重く感じてしまう…その気持ちは十分よくわかるのだが…
太宰の小説は女性を主人公にしたものも多く、私小説はなんとなく女々しい。
 特に女性の書き方が、現実的なのだ。
小説で、異性を描く場合、女性は現実的に男性を描くのに対し、男性は理想や願望を込めて女性を描くことが多いような気がする。ことに恋愛小説の場合、この傾向が強い。
(あくまで個人的な感想であるが)
あまりたくさんの作家を読んでいるわけではないので、大きなことは言えないが…
谷崎も女性が主人公の小説をたくさん書いているが、実話を元にした「細雪」でさえ身内の欲目や理想、願望といったものが少なからず含まれているように見える。
 その点、彼の女性像は、実在的な女性として見れ、男性が書いたものながら、共感してしまうのである。


・↑「乙女の本棚」最近よく本屋で平積みされている、若手イラストレーターによる文学絵本?シリーズ。いい世界観・・・

女生徒

・引用文献「富嶽百景・走れメロス他八篇」太宰治 岩波文庫(1957)より「女生徒」

④「秘密」 谷崎潤一郎/1911年

「秘密」 谷崎潤一郎 1911年(明治44)
~「秘密」を追い求めた男の成れの果て~


  谷崎の初期の短編。彼特有の嗜好やフェティシズムが色濃く反映されている。(彼の小説はほとんどそうであるが…)
彼の短編の中では、個人的にかなり好きなお話…というか文章が凝っていてよい。
 モダンな浅草六区やさびれた裏道など、当時の下町の様子が思い浮かぶ。
 生々しいのに幻想的。特に女性の描写力と表現力の高さは一読の価値あり。
読む者を倒錯的な幻想世界へと導く。
 
~あらすじ~
「私」は世間から隠遁して、華やかな下町の隙間に見つけた秘密めいた住みかで、探偵小説や犯罪小説に耽溺する日々を過ごしていた。
 ある日、「私」は古着屋で女物の縮緬を見つけてどうしてもそれが着てみたくなり、それを機に化粧を凝らして女装を始めるようになる。
次第に女装姿で頻繁に夜の街に繰り出すようになった女の「私」は、夜の映画館で、昔一時期だけ関係を結んでいたT女に会って…



●見どころ(以下、物語の核心部分を含みます)

①「私」独特の嗜好・フェティシズム
・普通の刺激では満足できない
「その頃の私の神経は、刃の擦り切れたやすりのように、鋭敏な角々がすっかり鈍って、余程色彩の濃い、あくどい物に出逢わなければ、何の感興も湧かなかった。」p.86
「普通の刺戟に馴れて了った神経を顫い戦かすような、何か不思議な、奇怪の事はないであろうか。
現実をかけ離れた野蛮な荒唐な夢幻想的な空気の中に、棲息することは出来ないであろうか。」p.87


・「秘密」に惹かれる
  「私は秘密と云う物の面白さを、子供の時分からしみじみと味わって居た。かくれんぼ、宝さがし、お茶坊主のような遊戯―殊に、それが闇の晩、うす暗い物置小屋や、観音開きの前などで行われる時の面白みは、主としてその間に「秘密」と云う不思議な気分が潜んで居るせいであったに違いない。」P.87

・美しい衣服や生地の感触に興奮
 「一体私は衣服反物に対して、単に色合いが好いとか柄が粋だとかいう以外に、もっと深く鋭い愛着心を持って居た。(中略)丁度恋人の肌の色を眺めるような快感の高潮に達することが屡々であった。」P.89

それらが高じて、秘密裏に化粧して女装を始める「私」…。
「文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料として試みている化粧の技巧の方が、遥かに興味の多いことを知った。」P.90


②昔の女との邂逅
 女装姿の「私」は、夜の映画館で、昔、上海行の船舶の中で関係を持ち、捨ててしまった(すごい表現)T女に再び出会う。
――自分の扮装に自信を持っていた「私」であったが、再会したT女は女装姿の「私」よりもはるかに美しかった…(当たり前だけど)

「女らしいと云う点からも、美しい器量からも、私は到底彼女の競争者ではなく、月の前の星のように果敢なく萎れて了うのであった。」P.95

「顔面の凡ての道具が単にものを見たり、嗅いだり、聞いたり、語ったりする機関としては、あまりに余情に富み過ぎて、人間の顔と云うよりも、男の心を誘惑する甘味ある餌食であった。」P.95

―さぞかし妖艶なのだろう…。この文章を見るたびに、私は勝手に、女優の若尾文子さんとか有名な昔の芸者<下谷のさかえ>さん(興味のある方は検索してほしい。とても妖艶な美人で度肝を抜く)最近では石原さとみさんを思い出してしまう…。

女装した自分より美しい昔の女に対し、「私」の心は嫉妬→悔しさ、憤怒→恋慕→征服欲へと目まぐるしくゆれ動く。
女装姿で負けてしまったから、彼女を男として征服してみたいなどと考えはじめ、もはや倒錯しすぎていて、よくわからない。

そして、手紙をひっそり彼女の袂に入れる「私」↓
「今夜久し振りに君を見て、予は再び君を恋し始めたり。(中略)明晩もこの席にきて、予を待ち給うお心はなきか。(中略)ただ願わくは明日の今頃、この席に来て余を待ち給え。」P.96
―虫がいい上に、最後ちょっと上から目線…

以外にも、T女の返事は好感触 ↓
「それにつけても相変わらず物好きなる君にておわせしことの可笑しさよ。(中略)
妾(わらわ)に会わんと仰せらるるも多分はこの物好きのおん興じにやと心許なく存じ候えども、あまりの嬉しさに兎角の分別も出でず、唯仰せに従い明夜は必ず御待ち申す可く候。」p.97


映画館で手紙のやり取りをするなんて、秘密っぽくていい。
「私」に対して、対面では驕慢な態度を見せていた女だが、手紙では、再会できて嬉しい!という喜びやしおらしさが出ていて可愛い。ギャップが良い。(これも手管か…?)

会瀬の待ち合わせも、女は自分の家は知らせず、目隠しして人力車で、とある場所へと「私」を連れていく。もはや全てがプレイ。「私」もかなり大喜びである。

しかし、彼女との関係でも、秘密めいたやり取りや探偵趣味に興奮を見いだしていた「私」は、女の素性を知った途端に彼女に興味を失ってしまう。ひどすぎる…

女はこういう「私」の性癖を知り尽くして、衣装を様々変えて、嗜好を凝らしたり、素性や家を秘密にしたり色々手を尽くしていたのに…。
そして女は、「絶対に自分の素性を探ろうとしないで下さい」と懇願していたのに…。
なんか童話の「鶴の恩返し」とか「みるなのくら」みたいだ。
全てを知ってしまった瞬間に魔法がとけてしまう。
それなのに、「私」は自分で、彼女の秘密を暴いてしまった。
果たしてこんな男を満足させられる女性はいるのだろうか…
彼の迷宮は続く。


●余談
 谷崎は、女性が自分の性癖を飲み込んだ振る舞いをしてくれたらいいな、という妄想を常々抱いているらしく、短編「白昼鬼語」でも、美しい女の犯罪を暴くために、女に犯罪者の演技をさせるというぶっとんだ話がある。面白い。
他にも、「蓼食う虫」や「富美子の足」でも彼の嗜好の望みを叶えてくれる女性が登場する。
(広い目で見ると彼の小説のほとんどは、彼の好みに合った女性が出てくる。それぞれモデルもいる。)

 実際にはそんな都合の良い女がいるわけもないのだが、
(最後の妻で谷崎最愛の松子夫人は色々彼の嗜好に付き合っていたようだが)
 自らの欲望を自給自足する文章を書く能力のあるところが、彼のすごさだろう。

秘密

・引用文献:「刺青・秘密」谷崎潤一郎 新潮文庫(1969)より「秘密」

③「舞姫」 森鴎外/1890年

「舞姫」 森鴎外 1890年(明治23)
~順風満帆に立身出世への道を歩んできた明治時代のエリートの苦悩~


 全編文語体で書かれた、鴎外の名作。流れるような文章がとにかく美しく、朗読で聞きたい。
これは高校のとき教科書に載っていて、古典を読むような感覚だった。
文学史に知識のない当時の私は、この時代はこの文体で書くのが普通だったのだろうか...でも漱石は口語で書いているよな...と混乱した。
 二葉亭四迷が「浮雲」で初めて言文一致体を用いたのが1887年だから、小説文体は作家や作品によりけり、日本文学の黎明期だったのだろう。

~あらすじ~
 明治初年、法学士となった太田豊太郎は、洋行を命じられ華々しい官僚としての道を着実に歩んでいた。
赴任先のベルリンでは、一人のドイツ人少女・エリスと出会い、相思相愛の中となる。
 しかし、貧家の出で舞台で踊り子をしているエリスとの交際を見咎められた豊太郎は、官長により帰国を迫られる。
エリスとの生活は捨てがたい豊太郎は、友人・相沢謙吉の計らいで、新聞社の通信員としてなんとかベルリンにとどまることができるようになるが、立身出世への道もまた捨てがたく、両者の間で苦悩する。



●見どころ(以下、物語の核心部分を含みます。)
①明治エリート・豊太郎の華麗なる経歴
 「余は幼きころより厳しき庭の訓を受けしかひに、父をば早く喪ひつれど、学問の荒み衰ふることなく、旧藩の学館にありし日も、東京に出でて予備校に通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田豊太郎といふ名はいつも一級の首にしりされたりしに、一人子の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。
 一九の歳には学士の称を受けて、大学のたちてよりそのころまでにまたなき名誉なりと人にも言はれ、某省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎へ、楽しき年を送ること三年ばかり、官長の覚え殊なりしかば、洋行して一課の事務を取り調べよとの命を受け、我が名を成さんも、我が家を興さんも、今ぞと思ふ心の勇み立ちて、(中略)忽ちこの欧羅巴の新大都の中央に立てり。」p.9


 順調に出世への道を歩んできた優秀さが、つらつらと書かれている。
ほかの鴎外の本でも、ひがみかもしれないが自慢?と思える記述が多々あると思う...(「美術品の如き妻」や、昼は職務に励み、夜中に執筆している等々)

 鴎外は帝大医学部を19歳で卒業後(飛び級)、医学士として陸軍省に勤務。
ドイツ留学後、軍医として日露戦争に従軍。最終的な役職は陸軍軍医総監。絵にかいたようなエリートである。
 語学も堪能で、ドイツ語、フランス語、英語を習得。哲学にも詳しい。
しかも日本語の文語体でこんなきれいな文章を書ける。
 これだけ何でもできたら自慢したくもなるだろう...私でもそうする。
 ドイツ人のエリスのドイツ語なまりを正し、フランス語を教えていたというくだりだけでも、高校生だった私は、想像できないくらい頭の良い人なんだなと思った。

②豊太郎の苦悩
 豊太郎は、洋行前からだんだんと、生まれてから今まで両親や官長のいうままにただただ機械的に勉学や仕事に励んでいた自分に、ふと疑問を抱くようになっていく。

「余は父の遺言を守り、母の教へに従ひ、人の神童なりなど褒むるがうれしさに怠らず学びしときより、官長の良き働き手を得たりと励ますが喜ばしさにたゆみなく務めしときまで、ただ所動的、器械的の人物になりて自ら悟らざりしが、(中略)奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表に現れて、昨日までの我ならぬ我を攻むるに似たり。」p.11,12

「みな自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、ただ一筋にたどりしのみ。」p.12

・エリスとの出会い
 「今このところを過ぎんとするとき、鎖したる寺門のとびらによりて、声を呑みつつ泣く一人の少女(をとめ)あるを見たり。」
「年は一六、七なるべし。かむりし巾を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる布は垢つき汚れたりとも見えず。
我が足音に驚かされて顧みたる面、余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。
この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目(まみ)の、半ば露を宿せる長きまつげにおほはれたるは、なにゆゑに一顧したるのみにて、用心深き我が心の底まで徹したるか。」p.14


―まさに一目ぼれ、射貫かれたといった感じ。
 余に詩人の筆なくば~とはいうが、十分詩人である。
エリスの頼りなげで儚そうな美しさ、出会いの場面がとてもよく伝わってくる。
 この後豊太郎は「なにゆゑに泣きたまふか」と声をかける。
ドイツで日本人など珍しかった時代、エリスは警戒心もなくそれに応じる。
豊太郎の真面目さが伝わったのだろう。

 エリスと出会って愛を知ったことで、彼は心の充足感・本当の幸せというものを知る。
「貧しきが中にも楽しきは今の生活、棄てがたきはエリスが愛。」p.26

 しかし、この時代に出世と貧しい異国人の結婚、両者が両立する道はない。どちらか一方を選ばなければならない。
それが豊太郎の深い苦悩となっていく。


③良友・相沢謙吉
 相沢謙吉は、この時代の模範的なエリートだ。立身出世こそが人生の最大の目的だと信じて疑わない。
明治時代の日本は発展途中の新しい国である。この時代の優秀な知識人や学士たちは、国の発展に寄与しなければ義務がある。
そのために莫大な国費をかけてわざわざ洋行させているのだ。
 だから、異国の女ごときに執着して、出世の道を自らくじこうとしている豊太郎の気持ちがわからない。
そのため、豊太郎が病気で臥せっている隙に、豊太郎が突然日本に帰国することになったことを、妊娠しているエリスに告げる。
その結果エリスはパラノイア(ノイローゼ?)となり、最終的に精神病院に入れられてしまう。

豊太郎が日本に戻ってポストを得られるように斡旋してくれる相沢は、友人思いの男なのだろう。
 しかし、豊太郎の彼に対する心中や......。
「この恩人は、彼(エリス)を精神的に殺ししなり。」
「ああ、相沢謙吉がごとき良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裏に一点の彼を憎む心今日までも残れりけり。」p.35
 


④明治時代の立身出世
 封建制時代の江戸時代とは違い、明治は、身分の有無にかかわらず(多少はあろうが)、
立身出世のチャンスがある。司馬遼太郎の「坂の上の雲」みたいに。
 意欲のある者にとっては、勉学を頑張りさえすれば、個人が新しい国家建設の一助になることができる。
個人の力で歴史を動かしていく場面に立ち会うことができるかもしれない。
まさに自分たちが新生日本を作り上げているのだという気概が、多かれ少なかれ明治の知識人にはあったのかもしれない。
 司馬遼太郎氏がそんなことを言っていたと思う。

 また、この時代の人々の親や家への恩義というのも現代よりかなり強い。
出世して立派になることが家名を立てること、親への最大の親孝行であったのである。
 それらは、仕事意欲を駆り立てる反面、そのために切り捨てなければならないものもあったことだろう。
これは現代の仕事人間の日本人にも言えると思う。

 滅私奉公。世間的から見れば、出世して官僚となり、国のために働くことは、輝かしく成功した人生に見える。
しかし豊太郎のように自分の心を殺して、国や職務に励む知識人の心中は複雑である。


●余談
 関連本として、谷口ジロー作画、関川夏央原作の「凛冽たり近代なお精彩あり明治人」シリーズの第二巻「秋の舞姫」の漫画がとても良い。
鴎外とエリスの出会いから、エリスが東京にやってきて、二葉亭四迷など実在の人物と交わるといったノンフィクションを絡めた話が、美しい絵で描かれている。

舞姫



・引用文献:「舞姫」森鴎外 岩波文庫(1981) 全29p

②「浮雲」 林芙美子/1949年

「浮雲」 林芙美子  1949年(昭和24)
 ~薄幸だがずぶとい女とダメ男の放浪記~


 この作品は、戦後という暗い時代にもかかわらず人物描写の巧みさが何回読んでも上手いなと感じ、好きな作品だ。
 戦後の荒廃して殺伐とした空気や、闇市やバラックの立ち並ぶ東京のどんよりした様子、物資不足でまずそうな食べ物の味やにおいまで伝わってくるようだ。
 仏印という外地が舞台なのは珍しいと思って興味を持ち、その言葉回しや描写に惹かれて林芙美子のファンになってしまった。
以後何回か読み直している。
 芙美子は主人公でも決して美化して描くことはしない。いくら主人公が自分の分身だとしても、自身の内面と理想を混ぜて、多少取り繕ったりキレイなことを書こうとしたりしてみたくなりそうだが…
私生活をさらけだして、人間のありのままや負の感情、鋭い筆致で描き出すところが、私を含め多くの人々が彼女の小説に惹かれる所以だろう。


~あらすじ~
 主人公ゆき子は終戦後、農林省のタイピストとして派遣されていたフランス領インドシナ(仏印)から引き揚げてくる。
仏印で出会い、恋仲となった既婚者である富岡と、帰国後結婚の約束をしていたゆき子だが、いざ帰国してみると富岡の態度は煮えきらない。それでも二人は仏印時代の思い出を肴に、不毛な会瀬を繰り返す。
心中を企てるも結局死ねず、富岡は心中しに行った伊香保で出会った若い女・おせいに生きる活路を見いだす。
  一方ゆき子はそんな富岡に愛想をつかし、GIのオンリーになり、その後昔関係のあった義兄・伊庭の世話となる。伊庭は新興宗教の協会で働き、インチキ商法で儲けていた。
 しかし、ひどい男とわかっていながらも、富岡が忘れられないゆき子は、伊庭の宗教協会の金を持ち逃げして富岡と逃避行を企てる。やがて二人は雨の屋久島へとたどり着く…。


見どころ(以下、物語の核心部分を含みます。)
①ゆき子の男性放浪記
 
 主人公ゆき子はごく普通のどちらかといえば地味な女である。
なので、可愛がられたことのない女性特有の嫉妬心や、ひがみ根性剥き出しの底意地のわるい嫌な部分が書き出されている。
同僚の李香蘭似(すごい例え)の春子に嫉妬するが、日本女性一人という任地先のダラットでは急にモテるようになる。
このひがみ時代と男性からちやほやされる優越を知ったゆき子の描写が面白い。
女性が境遇によって周囲からの扱われ方が変わり、自身の心情も変化するというのを、作者は身をもって知っているんだなあととても共感してしまう。

男を手玉に取るゆき子↓
「あなたがあんまり私をかわいがってくれるから、私、加野さんをからかってしまったのよ。―でも加野さんなら、私と喜んで死んでくれる人ね。(中略)二人の(恋の)伴奏者としては申し分のない人物よ」
「君はひどい女だね」
「そうかしら……。でも、女って、そんなところもあるンじゃない?」p.88


 本作にはゆき子と深く関わる二人の男性・富岡と伊庭が登場するが、中でも伊庭は男のいやらしさを集めたような性格である。
伊庭はゆき子の親類の嫁ぎ先の親戚なのだが、夜中にゆき子の部屋に押し入り処女を奪った上に三年間も愛人のように取り扱う。さして抵抗もせす、それに甘んじてるゆき子もゆき子だが…
伊庭は戦後は新興宗教を立ち上げ、嘘八百とはったりでボロもうけを果たす。そんな中でゆき子は彼とよりを戻したりしているが、そんな男の世話になどなりたくない…。ずうずうしくゆき子の友人・春子の手を握っていたり、人前で耳垢をほじくったりしているところも嫌だ...。
普通なら顔を見ることさえ反吐が出そうだが…
ある意味、昔を懐かしみ仏印時代を乞うあまり、自分の中で時が止まってしまっている富岡よりも、時代への適応能力があるといえるが。
 家父長制度は今より強く、女性が経済力で一人立ちすることが難しかった時代、男性にすがり付いていくのが生きる術でもあったのだろう。
 とにかくひどい目に合わされても新たな男を見つけては、追いかけていくゆき子がいじらしい。


②女を引き付ける男・富岡
 富岡は冷たい男である。
にもかかわらず、女が寄ってくる。ゆき子、仏印のニウ、伊香保のおせい、東京の飲み屋の娘、鹿児島の小料理屋の女など行く先々の女に好感をもたれる。富岡は女に対して積極的行動をしてるわけではなく、むしろ愛想がなく、失礼な態度をとったりもする。
そんな男に女側の方が積極的になるのは、生来の異性を惹き付ける色気というものもあろうし、インテリで望洋として掴み所のないところが良いのだろうか…。
しかし彼は長く付き合えば付き合うほどクズっぷりを露呈させていく。ゆきこを道連れに心中を企てるが、結局我が身が可愛く、新しい女と出会ったこともあり、それを取りやめる。戦後の荒廃した社会情勢や気分もあるだろうが、就職を斡旋してくれる奇特な友人も多数いながら酒を飲みながらブラブラしている。昔を恋しがり、口先ばかりの男なのである。

「可愛いから未練があるンだ。死ぬのは痛いからね......。死んでしまうまでの一瞬の痛みの怖さなンだ。これは怪我のような痛みじゃないからね。命を落とす痛みなンだ。仲々死ねない。自分が可愛いンじゃなく、命に未練があるからなンだ......。君、一杯やらない?」p.232
「君は死ぬ気になった事はないのかい?生きたいから、死ぬ事も考えるンだよ。ー死ぬのは淋しいと考えたから、こうして酒を飲むんだよ」p.237

また、一時期でも愛し合ったゆき子への感情はとても冷たく、その冷酷さを冷静に観察しているところがまた不気味である。

「こうした荒れた旅館の一室で、秘密な女とあっている事よりも、家の茶の間で、しゅんしゅんと湯のたぎる音をきいて、邦子のそばで新聞に目を通しているときのほうが愉しいと思えた。何と云う事もなく、何故、ゆき子は仏印で死んでくれなかったのだろうと、怖ろしい事も考えるのだった。」p.102

そして、妊娠したゆき子に対して、口先だけで生んでほしいといいながら、何も連絡をよこさない。
「五千円の金を工面して送ったが、それは、子供をこの世から消してくれた、ささやかな祝いの選別でもあった。」p.301


③なれ合った男女がお互いに向ける意地悪な目線
 戦時中、内地での喧騒を離れて、仏印で華やかな生活を送っていたゆき子と富岡は、日本人の少ない場所で出会い、恋に落ちるというドラマチックな展開から、お互いがよく見えるフィルターがかなりかかっていた。
 また、ゆき子に思いを寄せる当て馬・加野の存在も彼らの恋をより一層盛り上げるのに一役買った。 
 しかし、戦後引き揚げて荒涼とした東京の現実に触れると、二人がお互いに向ける視線は冷たいシビアなものへと変化していく。

「仏印では、あんなに伸々としていた男が、日本へ戻ってから急に萎縮して、家や家族に気兼ねしている弱さが、ゆき子には気に入らなかった。」p.100
まさに夢から覚めた恋人たちといったところだろう。とにかくお互いを観察するさまが、意地悪なのだ。
 
とりわけ富岡のゆき子を見つめる目線は、容赦がない。
富岡は二本目の酒を注文して、化粧をしているゆき子の平べったい顔を呆んやり見つめていた。この顔が、外国人に好かれるのかなと、妙な気がした。卑しい顔だった。」p.169
「富岡はゆき子に復讐するような眼で、酔っぱらいの化粧のはげた、醜いゆき子を嫌悪の表情でみつめた。この女との幕は終ったような気がした。」p.220
「車窓へ乗り出してみていると、外套を着こんだ背中が、もう、盛りの女を過ぎた感じのみすぼらしさに見えた。(中略)この四五日の同棲で、目の下は三角に薄暗くなり、唇の皮が割れて、紅が筋のなかに固まっていた。」p.398



ゆき子による富岡の観察
「顔がぴかぴか膏で光り、仏印の時のような若さはもう消えかけていた。顔が、ひどく疲れて痩せている。(中略)おどけて、くどくどと喋っている富岡の紫色の唇が、ゆき子には印象的だった。中略眼が濁り、髪が額にたれさがっている。」p.236
「これが、今日まで恋こがれていた富岡だったのかと、二ツ三ツ年を取った、富岡のすっかり変わった様子を、ゆき子は目尻を掠めて眺めながら、自分の冷酷さが不思議な気持ちだった。」p.355

金銭的に困っていたり、行き場のないときにゆき子を訪ねてくる富岡に対して...
「私は、うまく暮らしてるけど、いったい、あなたはどうなのよ......。泥鰌のように泡を吹いてるじゃないの?ゆき子はそんな気持ちだった。」p.142
「ゆき子は、後ろ向きになりながら、ふっと舌を出した。とうとう富岡が、落ちぶれてやって来たと思うと、胸のなかが痛くなるほど、爽快な気がした。」p.353


 なれ合いというものだろうか、熱い恋はとうに終わり、お互いに愛想をつかしていながら、それでもずるずるべったり離れなれない二人というのは、破局復縁を繰り返す熟年カップルさながらであり、お互いを知り尽くした気楽さが楽そうだと思ったりもした。

浮雲

引用文献「浮雲」林芙美子 新潮文庫(1953) 473p

①「舗道」宮本百合子/1932年

「舗道」 宮本百合子 1932年(昭和7年)
 ~職業婦人の花形・タイピストたちの苦悩と団結~


 プロレタリア文学の中でも肉体労働者ではなく、知識労働者・女事務員達の不平や不満、団結を描いた作品。会社内での男女や女事務員同士の様々な格差を意図的に描きだすことで、社会的不平への団結行動、社会システムの再構築の必然性を訴えようとしている。
 ある種の主張に基づいているため、主人公たちの会話や思考の内容は、ほぼ会社や社会への不満である。若干の誇張はあるかもしれないが、当時の丸の内オフィス街の様子やタイピスト、事務員たちの様子が描かれていて面白い。本作は、1932年から「婦人之友」に連載されていたが、著者の検挙により物語がようやく動き始めた所で終わっているので、それが非常に残念。

~あらすじ~
 昭和初期、主人公ミサ子は丸の内の大企業に勤める女事務員。会社内での男女差別やサービス残業、栄養不足な社食など様々な不満を持ちながら、ただ同僚達と愚痴を言っているだけの毎日を歯がゆく感じている。
 そんな中、長年勤めていた同僚はる子が病気を理由に突然解雇される。仕事に尽くした女性に対する、会社の冷たい態度を目の当たりにしたミサ子は、聡明な同僚の柳と共に慰安金集めを始める。
 この一件を期に、女事務員達は課の垣根を越えて、団結力を増していく。
 (著者の検挙により未完)



 実際丸の内の気分も、この二三年に変った。ミサ子が女学校時分ここを通る毎に感じたような、自信ありげな、燦燦光るような雰囲気は、この頃の丸の内のどこの隅にもない。ぶらぶらと歩いている連中も気むずかし気に巨大なビルディングの下で、小さくごみっぽく見える。(p.199)

 宏大なビルディングの聳え立つ丸の内一帯の風景が、からくりをわって、現実の底から初めてミサ子の前に立ち現れた。最後には必ず大衆によって征服されるべきものとしてそれは示されているのだ。ミサ子もこの頃は、現在の社会で多くのものを不幸にしているのが、一人二人の人間の力、まして××○○会社の穴銭沖本だなどとは思っていなかった。この資本主義の世の中そのものが組み立てなおされなければならない。(p.211)


 ――この二者の記述は、丸の内のオフィス街を見つめるミサ子の心情の変化を表現している。不満を募らせてくさくさしていたミサ子だが、友人柳から左翼系の組合に所属していることを打ち明けられる。後者の文では、新しい社会体制の到来という希望と決意から、今まで当たり前に見えていたものの見方が変わったことを、象徴的に表している。
 
以下、物語のポイントと感じたこと。(物語の核心部分を含みます。)
①様々な格差
 作中には男女を始めとする様々な格差や差別が登場する。ミサ子の会社の女事務員は縁故によってのみ採用される。家族に生計を主に担う親兄弟がいることを前提に雇われた彼女らは、長年勤めても正社員になれず、退職金もない。不況の煽りを受け、女性を多く採用するが、賃金の安く済む若年層を欲し、古株は解雇する。もちろん既婚者は嫌がられる。
 女事務員同士でも社内では重役と縁故のある者、そうでない者、大企業と中小企業の女事務員の格差が描かれている。
 
 差別を受ける側として、主に二人の女性が登場する。
 ミサ子たちが団結するきっかけとなった同僚のはる子は、旦那が無職で子供を堕胎し、病院の処置が悪かったために体を壊してしまう。長年勤めたはる子に対し、会社は手切れ金のようなお金を送り、退職を勧告する。
 また、小さい会社で働くミサ子の友人・みどりは、女学校を卒業して英文タイプもできるが、東北の出身のため紹介者が必要な大企業には入れない。職業紹介所に斡旋されて入った小さい会社では、仕事のほかにもサービスを強要されていると嘆く。そういう会社は女性の容姿だけを見て、訴えられないようにわざと身寄りのない人を雇うという。これら女性の悲痛さが目立ち、誇張表現であってほしいくらいである。
これらが物語中盤から展開される、作者の社会体制を根底から変えなくてはだめだという主張につながってくる。

②共通の敵に立ち向かう女性の団結力
解雇されたはる子への慰安金集めも男性社員達はほとんど相手にせず馬鹿にする。しかし、いつの時代もそうだが、うわさ話や不満などは女性たちの中ですぐに広まっていく。この女性達の共感性や同調性の強さが及ぼす影響力ははなかなか侮れない。重役や男性社員、重役の親戚の女事務員などの共通の敵や不満を前に、女達は結束力を高めていく。

③圧力や権力ではなく、主体的に人を動かすすべ
ミサ子の友人・柳は社内の事務員達が団結力を高めることに、静かに働きかけていく。その発想力は見事で、影に他のブレーンの存在を思わせる。実際彼女は左翼の組合に所属しており、彼女は社内雑誌講読会やお昼休みの40分ウォーキング、慰安金集め、左翼劇場への観劇会など女事務員達の様々な企画を発案をする。
しかしそれらを押し付けるでもなく、他者の自由意思を尊重している。これらを通じて事務員達自らが社会の矛盾に気付き、主体的に行動することを望んでいるのであろう。

ほどう
・引用文献:「アンソロジー・プロレタリア文学 2 蜂起 集団のエネルギー」 著者 楜沢 健 (編)
(2014)より、「舗道」 宮本百合子 全70p