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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

①「舗道」宮本百合子/1932年

「舗道」 宮本百合子 1932年(昭和7年)
 ~職業婦人の花形・タイピストたちの苦悩と団結~


 プロレタリア文学の中でも肉体労働者ではなく、知識労働者・女事務員達の不平や不満、団結を描いた作品。会社内での男女や女事務員同士の様々な格差を意図的に描きだすことで、社会的不平への団結行動、社会システムの再構築の必然性を訴えようとしている。
 ある種の主張に基づいているため、主人公たちの会話や思考の内容は、ほぼ会社や社会への不満である。若干の誇張はあるかもしれないが、当時の丸の内オフィス街の様子やタイピスト、事務員たちの様子が描かれていて面白い。本作は、1932年から「婦人之友」に連載されていたが、著者の検挙により物語がようやく動き始めた所で終わっているので、それが非常に残念。

~あらすじ~
 昭和初期、主人公ミサ子は丸の内の大企業に勤める女事務員。会社内での男女差別やサービス残業、栄養不足な社食など様々な不満を持ちながら、ただ同僚達と愚痴を言っているだけの毎日を歯がゆく感じている。
 そんな中、長年勤めていた同僚はる子が病気を理由に突然解雇される。仕事に尽くした女性に対する、会社の冷たい態度を目の当たりにしたミサ子は、聡明な同僚の柳と共に慰安金集めを始める。
 この一件を期に、女事務員達は課の垣根を越えて、団結力を増していく。
 (著者の検挙により未完)



 実際丸の内の気分も、この二三年に変った。ミサ子が女学校時分ここを通る毎に感じたような、自信ありげな、燦燦光るような雰囲気は、この頃の丸の内のどこの隅にもない。ぶらぶらと歩いている連中も気むずかし気に巨大なビルディングの下で、小さくごみっぽく見える。(p.199)

 宏大なビルディングの聳え立つ丸の内一帯の風景が、からくりをわって、現実の底から初めてミサ子の前に立ち現れた。最後には必ず大衆によって征服されるべきものとしてそれは示されているのだ。ミサ子もこの頃は、現在の社会で多くのものを不幸にしているのが、一人二人の人間の力、まして××○○会社の穴銭沖本だなどとは思っていなかった。この資本主義の世の中そのものが組み立てなおされなければならない。(p.211)


 ――この二者の記述は、丸の内のオフィス街を見つめるミサ子の心情の変化を表現している。不満を募らせてくさくさしていたミサ子だが、友人柳から左翼系の組合に所属していることを打ち明けられる。後者の文では、新しい社会体制の到来という希望と決意から、今まで当たり前に見えていたものの見方が変わったことを、象徴的に表している。
 
以下、物語のポイントと感じたこと。(物語の核心部分を含みます。)
①様々な格差
 作中には男女を始めとする様々な格差や差別が登場する。ミサ子の会社の女事務員は縁故によってのみ採用される。家族に生計を主に担う親兄弟がいることを前提に雇われた彼女らは、長年勤めても正社員になれず、退職金もない。不況の煽りを受け、女性を多く採用するが、賃金の安く済む若年層を欲し、古株は解雇する。もちろん既婚者は嫌がられる。
 女事務員同士でも社内では重役と縁故のある者、そうでない者、大企業と中小企業の女事務員の格差が描かれている。
 
 差別を受ける側として、主に二人の女性が登場する。
 ミサ子たちが団結するきっかけとなった同僚のはる子は、旦那が無職で子供を堕胎し、病院の処置が悪かったために体を壊してしまう。長年勤めたはる子に対し、会社は手切れ金のようなお金を送り、退職を勧告する。
 また、小さい会社で働くミサ子の友人・みどりは、女学校を卒業して英文タイプもできるが、東北の出身のため紹介者が必要な大企業には入れない。職業紹介所に斡旋されて入った小さい会社では、仕事のほかにもサービスを強要されていると嘆く。そういう会社は女性の容姿だけを見て、訴えられないようにわざと身寄りのない人を雇うという。これら女性の悲痛さが目立ち、誇張表現であってほしいくらいである。
これらが物語中盤から展開される、作者の社会体制を根底から変えなくてはだめだという主張につながってくる。

②共通の敵に立ち向かう女性の団結力
解雇されたはる子への慰安金集めも男性社員達はほとんど相手にせず馬鹿にする。しかし、いつの時代もそうだが、うわさ話や不満などは女性たちの中ですぐに広まっていく。この女性達の共感性や同調性の強さが及ぼす影響力ははなかなか侮れない。重役や男性社員、重役の親戚の女事務員などの共通の敵や不満を前に、女達は結束力を高めていく。

③圧力や権力ではなく、主体的に人を動かすすべ
ミサ子の友人・柳は社内の事務員達が団結力を高めることに、静かに働きかけていく。その発想力は見事で、影に他のブレーンの存在を思わせる。実際彼女は左翼の組合に所属しており、彼女は社内雑誌講読会やお昼休みの40分ウォーキング、慰安金集め、左翼劇場への観劇会など女事務員達の様々な企画を発案をする。
しかしそれらを押し付けるでもなく、他者の自由意思を尊重している。これらを通じて事務員達自らが社会の矛盾に気付き、主体的に行動することを望んでいるのであろう。

ほどう
・引用文献:「アンソロジー・プロレタリア文学 2 蜂起 集団のエネルギー」 著者 楜沢 健 (編)
(2014)より、「舗道」 宮本百合子 全70p