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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑨-3「三四郎」夏目漱石/1908年

「三四郎」夏目漱石

(つづき)


④三四郎と美禰子の切ないすれ違い  
 上京した青年が新しい仲間や女性と出会い、恋に落ちるという、ごくありふれた単純な筋なのに、こんなに面白く読ませるのは、ひとえに漱石の人間描写力の高さ故だろう。
  美禰子の表情や台詞一つとっても、全てに意味が込められている。
そして、さまざまな解釈を加えられるところも、この作品の魅力だと思う。

 無意識に心を通わせ合いながらも、結局すれ違っていく男女の想いというのに、とても惹き付けられる。
 想いを口に出すこともせず、相手の心を勝手に決めつけて、自己完結しているのが、もどかしくもある。

長期的な自分の幸せのみを追及する美禰子は、良く言えば自分に素直、悪く言えば、利己主義な女なのだろう。
 現代の目から見ても、男を煽る美禰子の手腕は、なんとも鮮やか。大したものである...
 そこで、わかりにくい美禰子の心情描写について、もう少し深く分析してみたい。
 
●様々な見方ができる作品なので、以下は勝手な私の解釈となります。

●美禰子の高等な駆け引き
・意味のない言葉
 最初の出会いの場面では、美禰子は、明らかに三四郎を意識しつつ、彼を惹き付けるような行動をとっている。
 これが、彼女のすごいところであろう。男が自分に対して好意を持っているのをいち早く感じ取りつつ、相手を煽る。
 普通の(明治の)女性ならば、照れるかはにかむか、そんなところだと思う...とても自己演出する余裕なんてないに違いない。

 三四郎池での場面。花の匂いを嗅ぎながら彼に近づいてくる、美禰子。
 椎の木の前で顔をあげ、わざわざ連れの看護婦に「これは何でしょう」と尋ねる。
 彼女が、まさか椎を知らない訳でもあるまい。
会話に意味はなく、肉声を発してさらに男の注意を引き付けるということが目的だったのだろう。
 その後、三四郎を見つめ、自分が嗅いでいた白い花を落としていく。
この一連の動作で、彼女は、自分という存在を三四郎に深く焼きつけている。

 また、展覧会に二人で行き、偶然野々宮さんに会った場面。彼女は三四郎に何事かささやく。
三四郎は何を言ったのか聞き取れず、後で聞き返す。すると...

美禰子「野々宮さん。ね、ね」
三四郎 「野々宮さん……」
美禰子 「解ったでしょう」
美禰子の意味は、大湊の崩れる如く一度に三四郎の胸を浸した。p.197  


 彼女は、野々宮さんへの当て付けに、三四郎に口を寄せただけであった。
 ここでも、この素振りを見せることが、彼女にとって重要なのであって、その言葉に意味はない。
 この行為で、三四郎と野々宮さん双方の感情を乱すことに成功している。

「だって」「私、何故だか、ああ為たかったんですもの。野々宮さんに失礼するつもりじゃないんですけれども」
(中略)畢竟あなたの為にした事じゃありませんかと、二重瞼の奥で訴えている。p.198


 三四郎は嫉妬も込めて静かに怒るが、多分ここで美禰子の自分への気持ちを知る。


・愚弄
「この上には何か面白いものが有って?」p.151  
 三四郎が、一番初めに、自身が彼女に愚弄されていると感じたセリフ。
 運動会を抜け出てきた三四郎がいた場所に何かあるのかと聞く美禰子。
 三四郎が運動会そっちのけで、彼女を見ていたのを感じ取り、故意に意地悪している感じもある…
 個人的には、丘の上で自分たちが歩いてくるのを、ずっと見ていたの?という気持ちと、何か決定的な態度を取ってほしくて、促している言葉のように思えるが。
 余談だが、ここで「上がってみましょうか」「絶壁ね」などとさりげなくフォローするよし子が本当に良い子で、優しい。

 その後、与次郎が競馬ですったお金を三四郎に直接手渡したいという美禰子。
 そのことに対して、美禰子は自分に好意を抱いていると、一時は自惚れる三四郎。
 しかし、運動会での一件もあり、彼は彼女が彼に金を手渡すのは、自分を自惚れさせたり彼女のことで心を乱させたりするためだと感じてしまう。
 疑り深い三四郎…

・具合が悪くなる  
 美禰子は度々具合悪そうにしているが、これも結婚について思い悩む彼女の心を表しているのだろう。
 例えば、菊人形を観に行った時。美禰子は、気分が悪いと、皆から離れる。それは、ちょうど野々宮さんが下宿生活に戻るという話になりそうな時だった。菊人形でも野々宮さんを気にしているが、彼は一向に彼女を気に留めない。
 多少は野々宮さんの気を引く気もあって、三四郎とともに仲間から離れたのだろう。

 また、絵のモデルとなっている時、三四郎が訪ねてくると、彼女は顔色が優れない。
 彼女は、原口に近々兄が結婚するのだと言っており、自身も結婚を決心するも、まだ迷いがあったのだろう。
 三四郎は、この彼女の顔色の変化は、自分がまき起こしたのではないかとうぬぼれるが、あながち的を射ているかもしれない...

・好意
  一見分かりにくいが、 美禰子は、三四郎に迷える羊の絵はがきを送ったり、香水を選んでもらうなど、数々の好意のサインを出していたと思う。
 一番わかりやすいのは、彼女が三四郎にお金を貸すやりとりではないか。
 与次郎に言われたために金を借りに来た、と言った三四郎に「それでいらしったの」と聞き直す。
  美禰子が彼に期待していたのは、自分に会いたいから来たというそぶりなり、言葉だったのだろう。
 しかし、三四郎はあくまで金を借りに来たという硬い態度なので(内心は会いたくて来たのだが、それを伝えられず)、美禰子は失望する。
 そして、あんまりお金を借りたくなさそうな彼の態度に、彼女は冷淡になる。


 美禰子は、三四郎の気持ちを最初から知っていて、彼が自分への想いを口にするよう、言葉や態度で煽り、何度か、促してもいる。
 しかし、不器用な彼はなかなか本心を言えない。
 お金を返す時、三四郎はようやく決死の告白?「あなたに会いにいったんです」と伝えるが、時すでに遅し…美禰子は、「何をいまさら...」というようなため息で返す。もうこの時点で、婚約者が迎えに来ていて、三四郎を驚かせる。

 最後に会った時、三四郎が選んだ香水を染み込ませたハンカチを出してみせる美禰子…。微かなため息と落ち着いた表情。心が決まった彼女は、もう過去にかかずらってはいない。


…これらの心情を少しでも読みとれていたならば、三四郎はたいしたものだったと思うが…。
 彼は、一歩踏み出すのが遅すぎたのだ。
彼が素直に彼女の好意を受けとれず、始終疑ってかかっていたのには、冗談か本気なのかわからない彼女の態度にも問題がある...。
しかし、最後出来上がった美禰子の絵を見て、「ストレイ・シープ」とつぶやく三四郎は、最後の最後で、彼女の気持ちがわかったのではないか。自分と出会った時の姿の、絵の中の彼女。美禰子にとっても三四郎は特別な人だったと思う。
そうであってほしい...
初恋は実らないから美しいのだろう・・・。

三四郎・3


・引用文献:「三四郎」夏目漱石 新潮文庫(1948)