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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑩「藪の中」芥川龍之介/1922年

「藪の中」芥川龍之介 1922年(大正11)
~人間のエゴと矛盾をあぶり出す、永遠のミステリー~




 黒澤映画・羅生門の原作となった短編小説。
 「真相は藪の中」という言葉まで生まれたほど、有名な名作。
 全編、事件の関係者の供述による口述体で話を進める構成が、見事である。
 湊かなえの「告白」など、今では珍しくなくなったが、日本文学の小説でこの形体を用いたのは、もしかしたら芥川が一番初めなのではないだろうか…?

~あらすじ~
 山科近くの裏山で、一人の男の死体が見つかった。
 事件関係者である男の妻、容疑者である盗人、死人の男は三者三様、異なる供述をする…。



  だいたいこういうミステリーは、様々な人物の口述が進むに連れて、どんどん真相が明らかになっていくものだと思うが…
 この話は、結局最後まで読んでも、犯人が全くわからない。
 むしろ読んでいくにつれて、読者はさらに混乱していくことになる。

  それもそのはず、この話は、真相を究明することを目的としていない。
 芥川がこの小説で描きたかったのは、事件でも犯罪の真相でもなく、人間の傲慢なエゴイズムだったのだ。

  同じ事件や出来事に立ち合ったとしても、立場によって見方や感じ方が異なる。
 人間は、自分の都合の良いように、自らの記憶をねじ曲げてしまったり、自分を守ったりよく見せるために嘘をついたりする生き物である。
 芥川龍之介は、事件や犯人そのものよりも、人間の利己主義と自己矛盾こそが、最大のミステリーだと思っていたのだろう…。

 なので、この小説では、誰が正しい供述をしているのかや、真の犯人を追及すること事態、全くナンセンスといえる。

 しかし、私は真相が気になってしまうのだ…
 なので、ちょっとだけ個人的な推測を書きたい。
  もはや空想科学的ではあるが…


・以下、物語の核心を含む、勝手な分析になります。

●容疑者三人の供述
供述文では、皆少しずつ自分の記憶を塗り替えたり、話を脚色しているのだが、それらが、それぞれの性格や立場を表している。

・盗人、多襄丸
 わたしはその咄嗟の間に、たとい男は殺しても、女は奪おうと決心しました。p.140

 策略を凝らして、夫婦を藪の中に連れ込んだ多襄丸。
 まんまと男の妻を自分のものにした彼は、彼女にそそのかされて、男と太刀打ちし、殺したと話す。
  彼の供述は、単に自分の策略や、太刀の腕を誇りたいだけのほらにみえる。
 二十三合目に胸を突いたと何回も念を押していることからも、それが伺える。

 しかし、案外真相に近い供述をしているのではないかとも思う。
 というのも、女の小刀で男を一突きで殺すのは難しかろうし、男が自刃した後、仰向けに倒れていたというのも、不自然なような気がする…

・男の妻、真砂
 しかし、其処に閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、唯わたしを蔑んだ、冷たい光だったではありませんか?p.143

 夫はわたしを蔑んだ儘、「殺せ。」と一言云ったのです。p.144

 彼女は盗人に手ごめにされた後、夫が自分を蔑み、憎しみまで抱いていると感じる。
 そして夫に心中を持ちかけて彼を殺したのは、自分だと言う。
 被害者という立場、羞恥、混乱がよく表現されている。
 自分は可哀想、同情してもらいたいという感情もよく伝わってくる。
 (私も真に彼女に同情する)

 しかし、夫と心中しようとして、なかなか自分だけは死ねなかったというのは、なんか怪しい…死ぬ気がなさそうな、ふてぶてしさもみえる。
(京マチ子の演じた真砂をみて、余計そう感じた。男を煽る、あざとい真砂像。黒澤は彼女をこのように解釈したのだろう…)

・殺された男、金沢の武弘
 妻の罪はそれだけではない。それだけならばこの闇の中に、いま程おれも苦しみはしまい。p145.

  男は妻が信じられなくなり、彼の記憶の中では、妻が盗人に彼を殺せとまで言い出したことになっている。
 その後、全てに絶望した彼は、自ら小刀を刺したと言う。

 仮に盗人に殺されたとすると、彼にとっては不名誉なことだ。
 また妻から殺されたのだとしても、さらに外聞が悪い。
 侍として、自刃したとする方がまだ彼のプライドを保てる。
 よって、このような供述になっているのだと思う。
 なので、彼の供述も怪しい…

 しかし、自刃したとしたら、うつ伏で倒れているのではないか?
 また胸の小刀を引き抜いたのは誰なのか?等…
 数々の謎が残る。
 供述者により、使ったという凶器も異なっているし、凶器となった太刀、小刀などの物的証拠がないので、これ以上推測の使用がない。

真相は藪の中…。

●映画「羅生門」について
 学生の頃に小説を読んでから映画を見たが、真砂を演じた京マチ子と、殺された男の森雅之が良い。
 京マチ子は、ちょっと大げさな演技が良い。盗人に小刀を振るところ、彼女の気の強さが光る。
 男たちの決闘を煽る、わくわくした目。懺悔の場面のわざとらしさ。この真砂は本当は図太そうだ...
 森雅之の冷たい目も、とても良い。その後一時期、彼の出演作を探しては借りていた。
 今思い出したら、浮雲や挽歌といった小説も、彼の出演映画ということで知ったのだった。
 しかし、彼のインテリ紳士や策士的な役もいいのだが、浮雲、我が生涯のかがやける日などで見せるクズっぷりも見事。
まことに得難い俳優だったと思う...。
 主役の三船ももちろん、とても格好いいのだが、始終テンションが高かったように思った。
 原作の盗人は、もうちょっと落ち着いたイメージだ。

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・引用文献:「芥川龍之介作品集3」昭和出版社より「藪の中」