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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑫「私の東京地図」佐多稲子/1949年

「私の東京地図」佐多稲子 1949年(昭和24)
~東京の街と共に歩んできた「私」の人生地図~

 プロレタリア作家として、労働者の立場から社会を描いてきた彼女の自伝的小説。
 終戦の翌年から連作として発表し始めた本作は、社会批判や主義主張があまり強くなく(ちょっとはあるが)、一人の市井の女性の物語として、気負わず読むことができる。

~あらすじ~
 終戦後、焼け野原の東京に立った「私」は、自分と東京の街の思い出を回想し始める…。


①東京と移り変わるまち
 人々の暮らしや仕事や生活習慣などは、当たり前のこととして常にそこにあるので、わざわざそれを意識して生活している人はあまり多くないと思う。
 移りゆく街や人々の様子など、意識して観察し、日記などに残さない限り、長く記憶に留めることは不可能だろう。

 特に東京はとても変化が激しい街である。そのスピードたるや、世界でも指折りのレベルだろう。
 彼女が生きた時代、東京は何度も災禍に見舞われた。関東大震災や火事、最終的には空襲によって、原型を留めないほどになってしまった。
 そんな時代の東京の風俗を、著者は精巧な筆致で描き出している。
 過去のことをこんなに細かく描いていることに、まず驚く。
 かなり若い頃より、作家としての観察眼を持っていたのだろう。細かく日記をつけていたのだろうか。はたまた記憶力が人並み外れて良いのだろうか…

 都会人の人つきあいのいい反面、気弱に引っ込みがちなのは、必要以上に人の気を兼ねるわずらわしさからに逃げようとする傲慢さでもあったのだ。P.165

 仕事のため、途中からは思想運動のため住む場所を転々とする「私」。
 放浪する定めにある「私」は、人づきあいに淡泊だが、昔の事だから、生活の中では下宿の家主や近所の人々、同僚、活動の仲間などと否応なしに関わりあわなければならない。
 この小説全体からは、忙しい中でも日々の暮らしにかかわる街や景色、また短い間でもかかわった人々への強い愛着が感じ取れる。
 いくら日記を付けていたとはいえ、街や風景、お店の立地の細かさに加えて、人の表情や服装、会話などを映し出す丹念な書きようがすごい。


②「私」の強い自尊心
 自負心というものは、その字の通り、自らだけのものにすぎないのだと気がつく。外側から見られた私には、私自身が私に頼んでいるように、特殊などということはありようがない。P.77 

 「私は他人とは少し違う。でも、ほかの人から見れば、その他大勢のうちの一人にすぎない」
 このような思いは、多くの人が持っているものではないかと思う。
 自分は特別であるという自負心。そして、その特別さがわからないひと(特に尊敬している人、著名人)への失望。
 小説家やアーティストはその感情が一層強いのだろう。
 「私」の中には、ハイカラと粋を併せ持った独特の好み、文壇への憧れがある。
 「私」は、一風変わったインテリ趣味や嗜好によって、仕事場のほかの人とは違う自分自身を感じている。

 「立派な雑誌ですのね」私は、本郷や田端に流れる一脈の清風に、頬を撫でられるおもいをした。小石川を含めて本郷や田端というところには、いつからか私の感情の中に郷愁に似たおもいをそそるものがあるのだった。P.14

 そして、この自負心=自己愛でもある。
 「地図」というだけあって、この小説は風景描写、そこに住む人々の様子が丹念に描かれているのだが、気にして読むと、まちの風景の中に映し出されている「私」の姿や、仕事場での「私」の様子もよく描いている。容姿や衣装、髪型の説明は言わずもがな。これは、私は他人とは違うということを表すのに、細かな説明の必要性があるのだろうが…

●風景の中の「私」
 私が印象深かったのは、風景の中の「私」を描くという表現方法である。

 「灯に照らし出された私のうしろ姿の、女店員の風俗にしては帯の結び方が低い、ということなどは誰も気が付かない」p.86
 「私はつるつると足を滑らせる。(略)すれ違う人には女の愛らしい声が聞こえたに違いない」p.129、「私は(略)電車から降りてくる。鏝をあてた耳かくしに化粧をした顔が白い」p.162

 景色の中で、私がどう映ったのかを客観的に何度も描いており、まちの景色とともにその瞬間、瞬間の自分を切りとるというふうである。それやこれや、またそのほかのいろいろな描写から、「私」はかなり自分がいとおしいのだろうと感じた…

●ファッションと自負心
 外から見れば何でもない女店員のひとり、自分にとっては、自分なりの色合を持った娘である。P.86

 「私」は、みんなと同じような格好でいなければならない仕事場においても、衣装や髪形に自分なりのこだわりをもっている。
 料亭ではみんな黒衿をかけるのに、「私」だけは、えんじ色の襟をかける。
 丸善では、ほかの女定員のように胸高に帯を締めず、わざと帯の結び目を低くし、それまで束髪が当たり前だった髪から、こてをあてたウェーブ髪にする。

 これらは、仕事着に自分だけのひそかな楽しみを作ろうとする、単にファッション好きな女性らしい意識ともとれるが、おそらく画一的に型にはめようとする組織(会社)や社会に対するささやかな抵抗でもあるのだろう。
 この「抵抗、反発」というのは、「私」の感情に深く根付いていて、のちの思想活動にもつながっていく。

 私には権力に反発する強情なものがその底にいつもくすぶっている。p.190

 文壇へのあこがれと労働によって支えられた「私」の巨大な自負心は、やがて、同人作家兼思想活動家の男との同棲、文筆業や思想活動につながっていく。

東京地図


・引用文献:「私の東京地図」佐多稲子 講談社文芸文庫(2011)