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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑥「挽歌」原田康子/1955年

「挽歌」 原田康子 1955年(昭和30)
〜屈折した危うい少女の、残酷で危険な遊戯の果て〜


 最初同人誌に掲載していたという本小説は、出版後ベストセラーとなり、出版翌年には久我美子主演で映画化されるという大ヒット作品となった。日本文学において不倫ものは数多くあれども、奸計を巡らせて周囲を振り回す主人公というのは、本作以前になかったのではないか。そしてその根底にある少女の不安と怯えを細かく描いている点でも(当時としては)珍しい。
それくらい主人公・怜子のキャラクターが鮮烈。
 映画を先に見ていたため、映画の筋をなぞるようだったが、細かな登場人物たちの心理、例えば不倫相手の妻に会いに行く怜子の心情などは小説を読まないと理解できない。
 映画で印象に残っていた台詞は、全部原作通りだった。久我美子の演技に脱帽。

~あらすじ~
 北海道釧路。兵藤怜子は、空想を好む少女。女学校時代に関節炎をこじらせたことにより、彼女の左手はほとんど動かない。
近所に住む桂木の飼い犬に噛まれたことをきっかけに彼と知り合い、彼と彼の家庭に惹かれる。
 やがて怜子は、偶然桂木の妻が不倫をしていることを知り、彼にそれを告げる。桂木は怜子の挑発的な態度に怒り、当てつけのように怜子をホテルに連れていく。そして、桂木を本気で愛しはじめていた怜子は、彼の出張中に桂木夫人に接近、親しくするようになるが…


・見どころ(以下物語の核心部分を含みます)
①屈折した怜子の性格
 この物語の最大の見所は、怜子の複雑な性格描写だろう。
彼女は自分の不自由な左手にコンプレックスを持っている。(そのためか父親に甘やかされ、仕事もせず、たまに近所の劇団のポスター描きをする以外はブラブラしている…)
だが、コンプレックスのためというよりも、おそらく元からの性格だろう。彼女はかなり屈折している。
まず、桂木の不倫を知り、わざと桂木に家庭のことを聞いたり、妻の不倫を仄めかす手紙を渡したりする。
 また、桂木夫人と不倫相手の古瀬の跡を追跡して、それを愉しむ。
自分の意地悪な好奇心に怯えながらも、それを止めることができないのだ。

 彼女は、自分が愛する人間に対してとても傲慢にふるまう。その関係が壊れる不安を抱えながら、一方で自ら破滅を望んでいるようにもみえる。
夫人に自分と桂木の関係を悟られた時、夫人の様子を観察する冷静さと喜び。…怖い。
自分に思いを寄せる幼なじみに全てを知られた時も、不敵な笑み…。
ーー怜子が愛している人物に対して、愛憎相反する感情を抱いていることを物語っている。そして時折、その意地悪さを激しくぶつけたり、甘えたりする。

②怜子と桂木
「わたしが欲しいのは、思いやりでもなく、静かな愛情でもなく、わたしが恋するときと同じように恋してくれる心なのだ……。」p.219

 怜子は、桂木に惹かれながら、妻に不倫をされている男を見つめるという意地悪な好奇心を持っている。
おそらく怜子は暖かい家庭というものに憧れていたのだろう。
 しかし、彼女は左手の欠陥や虚弱体質(もっともこれは少食で煙草ばかり呑み、昼夜逆転という彼女の生活習慣によるものだと思うが…)によって、普通に家庭の主婦になる自分を想像できない。
 最初から、それらは自分とはかけ離れた物であると思い込んでいて、だからこそ強く惹かれていると思う。人一倍誰かから愛されたいと願っているのだ。
 これはよくわかる…自分は家族とか子供とか責任背負うの無理だし、1人が楽だし…と思っていても、家族連れを見ると私には縁がないものなのだなと、時々無性に悲しくなる。
町で高齢者夫婦が労り合いながら歩いているのも、羨ましくて涙出そうになることがある…
 そういうやり場のない気持ちで怜子は、わざと夫妻を煽り、穏やかな家庭が崩れていく様を見て、溜飲を下げていたのだろうか…

 同時に、桂木の自分への思いは、ただの哀れみと責任感なのではないか?という不安が、彼女を絶えず脅かすようになる。
 彼女はしょっちゅうそんな事を考えているが、働いたり、ちょっとは家事を手伝ったりすればいいのに…多分彼女は暇すぎるのだろう…
その点では、私は彼女に魅力を感じない。
以前紹介した大宰の「女生徒」の主人公の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。

「わたしがムッシュを好きになったわけ教えてあげる」
「ムッシュの傷にさわりたかったのよ。傷があるってことはすごい魅力だわ」p.313,314

 彼女は愛している相手ほど残酷に傷付けてしまう。その根底には、強い不安がある。彼女には愛情の伝え方がわからなかったのではないか…?

③怜子と桂木夫人
 心の底に沈んでいる不安と怯えから、夫人へ近づいた怜子だったが、だんだん魅力的な夫人にも惹かれていき、自責の念に駆られる。
優しすぎる桂木夫人に罪悪感を秘めておけず、感情を制御できなかったのだろう…
 怜子は、残酷なやり方で夫人を追い詰め、その関係を自ら壊してしまう。
 それは、桂木夫人を失うことによって、夫人を愛していた自らをも痛めつけてしまう結果となった。

「おくさんをスワンにして、湖に浮かしたらどうだろう。優雅で気品があって憂わしげで、白鳥の女王になるわね。わたし見惚れたあげくに、掴まえたくなるわ、きっと」
「 逃げますわ」
「 逃げたら殺す。わたしハンターよ。白鳥を射つ名人。狙いは外れないわ」p.210


④夢を喰う女
「同情しないでね」(中略)
「電気洗濯機の話しもいやよ。そんな話嫌いなんだから。もうしちゃいけないわ。約束して」
「何の話しをする?」
「私獏よ」「夢を食べるの」p.149


 …しかしいくら獏だからといって、彼女のこの一連の振る舞いは許されるのだろうか…
怜子は自分の夢の中で生きている。いろいろな想像をして暮らし、自分の事しか考えていない彼女だからこそ、こんなひどいこともできるのだと感じる。
 終盤当たりに、自分がしたことから目を背けようと、連日強い睡眠剤を何十錠も飲む姿は、とても象徴的。
最終的に怜子自身がもう桂木とは会えないと決心したことや桂木夫人を失ったことにより、彼女自身大きな代償を払ったのだとも思えるが…。
 特に怜子を好きなみっちゃんは、さんざん振り回されていて可哀そうすぎる。
物語だと、全てを知っていて見守ってくれるこういうスペア的男性がよくいるんだよなあ。現実にはこうはいかない…
著者が女性なので、都合いいようになっているのだろうが…
しかし、どうしてこういうお嬢さん的な美少女(たぶん)は、年上に全然敬語をつかわないのだろうか。
 個人的に、この小説は気落ちしている時に読むと、ますます暗い気持ちになるので、要注意。

挽歌

・引用文献:「挽歌」原田康子 新潮文庫(1961) 398p