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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑦「第七官界彷徨」尾崎翠/1931年

「第七官界彷徨」 尾崎翠 1931年(昭和6)
~文系少女と風変わりな理系兄達との日々~




 数篇の小説を発表した後、文学界から姿を消してしまった尾崎翠の代表作。
 まず、タイトルに惹かれてしまった。尾崎女史はタイトル付けが非常に上手く、モダン。最初に読んだのは、「アップルパイの午後」だった。

 …本作を一言で評するのは難しい。今まで読んだどんな近代文学とも違う、独特の雰囲気を放っている。明治生まれの尾崎女史だが、ハイカラでモダンで、理系ネタがいっぱい。小難しい会話にも、どこかユーモアがある。
  時代的に大学を出ている人でないと知り得ないような(当時の)最新科学知識が、色々詰め込まれている。
心理学、精神医学、植物研究、進化論などに始まり、第六感(この時代からそういう概念があったのかい…)、フロイトの夢診断のような会話まで出てくる。
 女史の幅広い分野への知識にただただ感服。
 主人公・町子も、第七官を定義付けしたりしょっちゅう色んな事を考察したり分析したりと、もはや研究者っぽい。
 実際に著者が、帝大で肥料の研究をしていた兄の元に下宿していたらしく、その体験が活かされているのだろう。

 まず、冒頭からして、おしゃれでふるってる。
「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。」p.82

~あらすじ~
 上京してきた小野町子は、二人の兄と従兄の炊事係となった。長男の一助は心理病院に勤め、次男の二助は大学で植物の恋を研究している。従兄の三五郎は、音大浪人生。
皆変わり者だが、それぞれ勉強に励んでいる。町子は、人間の第七官にうったえるような詩を書くことを目標と定めたが…


●見どころ(以下物語の内容を含みます。)
①少女漫画的世界観

 本作はタイトルからしても空想的で、内容も昔の少女漫画っぽい。
なんか大島弓子の漫画のようだ。文章から乙女チックなイラストのイメージが湧いてくる。
この小説の、何がそう感じさせるのか。その要因を以下にまとめてみようと思う。

・優しい男性像
「どうも女の子が泣き出すと困るよ。チヨコレエト玉でも買ってきてみようか」p.102

  尾崎女史の書く男性はなんか現実的ではなく、理想的だ。
 皆変わってはいるが、優しくて、口調もきつくない。
 研究一徹の草食系男性だからかもしれない。
 「料理しろ、片付けをしろ」「女の子はすぐ泣く」とか文句も言うが、朝たびたび家族で合唱するところなんか、本当に楽しそうだ。
 また、兄達は町子のことを「女の子」と呼ぶ。当時の男性はあまり使わなそうな言葉だ。しかも妹に対して…
 実際に著者の兄たちも優しくて、可愛がられて育ったたのだろう。
 ここら辺は、実体験を元に男性の嫌な部分を書くことが多い、林芙美子や円地文子などとは対称的で読後がさわやか。

・紅一点のおさんどん
 優しい男達の中に、女の子1人で同居。(兄弟と従兄ではあるが…)しかも大事にしてもらっている。町子が泣いていると不器用に慰めてくれる。(町子はよく泣く...)このシチュエーションがもはや少女漫画。

・人生の深い苦悩よりも、恋患い
 町子の兄や従兄は、それぞれに難しい研究をしているが、浪人生の三五郎や心理病院に勤めている一助でさえ、あまり深刻になることがない。
 むしろ一助は恋患いに悩み、二助は失恋が発端となり、植物の研究を始めたりしている。三五郎は二人の女の子の間で揺れ動くし、町子も失恋したり新たな恋をしたりする。
 これらの描写のさまが、現実の痛みよりも、どこか夢の中のような出来事に感じさせる。みんな一時は切ながるが、淡々としている。

・愛憎や情欲の生々しさがない
 これは重要ポイントである。可愛い昔の少女漫画は、あくまで女の子の「夢」であるから、男性との接触も接吻まで、それ以上は忌避される。(近年のは違うと思うが…)
 町子と従兄の三五郎の関係は、まさに少女漫画のそれである。

  町子が三五郎に夢を打ち明けた時、彼は、町子を抱き天井の方に抱えあげる。(キャンディキャンディみたい…)
また、町子の寝る前には三五郎が彼女を抱きかかえながら頸に接吻。その後、彼は蒲団の上に町子をのせて部屋を出ていく。
 この二人の関係の清潔さは一体、少女漫画でなければなんなのだろう。


②兄たちの「女の子」への思い
  兄と三五郎の、町子や女の子に関する戸惑いや分析が面白い。

「女の子というものは、なかなか急に拒絶するものではないよ。拒絶するまでの月日をなるたけ長びかせるものだよ。あれはどういう心理なんだ、僕は諒解にくるしむ」p.144
 他の男を好いていて全然振り向いてくれなかった女の子を思い出しながら、二助がいうセリフ。
相手を傷つけまい(逆上させまい、かも)として、自然に相手が諦めるのを待つパターンか。
実は当に拒絶していたりするのだが、態度に出さず時を見計らっている。
女の子は計算高い…

「外見はむしろ可愛いくらいであるにも拘わらず、外見を知らない本人だけが不幸がったり恥ずかしがったりするんだ。女の子というものは、感情を無駄づかいして困る。」p.154
 髪を断髪にして恥ずかしがっている町子に、従兄の三五郎が言うセリフ。(ちなみに二人は好きあっている)
 これは女性が言われると喜ぶセリフだろう…
 髪を切って、変になって本人は気にしているんだけど、「全然変じゃないよ、むしろ可愛いよ、似合ってるよ」みたいな。

「僕は、このごろ、僕の心理のなかに、すこし変なものを感じかかっている。僕の心理はいま、二つに分かれかかっているんだ。女の子の頭に鏝をあててやると女の子の頸に接吻したくなるし、それからもう一人の女の子に坂で逢うと、わざと眼をそらしたくなるし、殊にこんな楽譜を見ると……」p.189
 三五郎は、町子を好いているが、となりに越してきた夜間女学生にも惹かれはじめる。二人の少女の間を揺れ動く彼のセリフ。戸惑いや町子に対する申し訳なさを巧みに表している。

③第七官とは何なのか?
 タイトルにもなっている、「第七官」は著者の造語である。読む前は、いわゆる「第六感」と同じような意味合いだろうと勝手に予想していた。しかし、作中において「第六感」は、一助の言葉によって次のように説明されている。いわく、「この「虫の知らせ」は普段は全く働かないのに、恋をした時のみ異様に働きだす」。
そのため、第六感と第七官は似てはいるが別物ということだ。

著者は、第六感を知った上で、自分の感覚を説明するのにもっとしっくりくる言葉を探して、自ら造語を造り上げてしまったのだろう。なんと先端的な女性なのだ…

・第七官の発見
 最初のほうで町子は、三五郎の奏でる調律の狂ったピアノの音と、二助の部屋から流れてくる研究用のこやしの臭いを同時に感じた時、この二つ以上の感覚が生み出す哀愁めいた感情こそが、「第七官」なのではないかと思う。
 けれど、それだけではまだ第七官とは呼べない。  
 この物語では、町子を含めたみんなそれぞれが、何らかの形で失恋する。
 物語全体を通してちょっとした哀愁や切なさが漂っているのもそのせいだろう。
 たぶん第七官とは、匂いや音楽や空気などが相まってそそる哀愁の上に、失恋の切なさを絡めた気持ちを表しているのではないか。
 実際町子も去ってしまった恋の相手を思った時、実感を伴ってこの心境に到達したのではないか。

「私が第七官の詩をかくにも失恋しなければならないであろう。」p.155
「私がノオトに書いたのは、われにくびまきをあたえし人は遥かなる旅路につけりというような哀感のこもった恋の詩であった。」p.215

 
 しかし、皆の恋の相手が、引っ越しなどの不可抗力によって途中で強制退場させられるのは、何でであろうか…
 切なさの中にもどこかのんきさがある詩情たっぷりのお話。
 現実世界に疲れたら第七官界へ。(私も行きたい……)


●雑談
本文の紹介と分析を書いた後、河出書房のムック本、「尾崎翠モダンガアルの偏愛」を読んでみたら、「尾崎翠の小説は極めて少女漫画的」というようなことが書いてあった…
得意気に分析してしまったが、既に多数の人が思っていることだっただろう。
優しい男性像、美しい夢みたいなのが詰め込まれているところが、少女漫画が好きな人には好まれるのかな。
 そしてこの本によると、吉野朔美の「少年は荒野をめざす」という漫画が尾崎翠っぽいのだそうだ。ぜひ読んでみたい。

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・引用文献「ちくま日本文学004 尾崎翠」(2007)より「第七官界彷徨」