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懐古的日本文学

主に近代以降(明治・大正・昭和)の日本文学、大衆小説の紹介や勝手な分析と感想、その他人文社会学系の本の紹介も。

⑧「途上」谷崎潤一郎/1920年

「途上」谷崎潤一郎 1920年(大正9)
~徐々に暴かれていくある男の身の上~


 谷崎の探偵小説の傑作。彼自身が外国の探偵小説やミステリーに耽溺していただけあって、彼は実は探偵小説の名手でもあるのだ。しょっちゅうマゾっぽい小説ばかり書いているわけではない。
 第三者が主人公を論理立てて追い詰めていく内容に、読んでいてぞくぞくする。

~あらすじ~
 ある日の夕方、会社を出た湯河は見知らぬ中年紳士に声を掛けられる。
 その男は湯川に、奇妙な質問を次々と繰り出し始める…。


「偶然の中の必然と単純な必然とはやはり意味が違いますよ。」p.61
「あれを或る一個の人間の心理と結びつける時に、ここに新たなる問題が生じる、論理がもはや単純な論理ではなくなってくると云うことに、あなたはお気付きにならないでしょうか」p.62


 ●感想 と谷崎の小説について
 話の着地点がどこへ行くのか分からず、思わずページを捲る手が止まらない。
 このように、話がどんどん根底から覆されていく物語展開は、この小説に限らず、谷崎文学の特徴でもあるだろう。
 「痴人の愛」、「卍」、「細雪」などの長編でも、のり良く次々と物語が転換していき、読者をぐいぐい引き込んでいく。
彼の小説はくどいくらいに説明的であるし、あっと驚く展開を用意しているものも多い。
 話がどこに行くのか、物語の結末を想像しづらいのもよい。
 読者へのサービス精神を遺憾なく発揮していて、わかる人にだけわかればいい、解釈は読者にゆだねるというようなインテリ特有の高慢さが醸し出されている(と感じた…)漱石や鴎外、川端作品などと比べると、谷崎の小説は本当に親切なので、好きだ。
 彼の小説は、なんかここ理解できなかった…ということがない。比喩が難しくて解釈の余地があり、想像を掻き立てる文学も良いには良いのだが。それらは、他の人の意見を読んだり、解釈を巡る論文を調べたり、そういう面白さもあるのだけど。
 ただ、読者にわかりやすいという意味では、谷崎の小説は、大衆小説的なのだろう。
扱っている事柄も、現代設定のものは特にだが、自身のフェティシズムや女性、犯罪、それらの妄想、家庭の事など、私小説っぽいのが多い。

●谷崎自身の心理背景 
 この小説を書いたころ、谷崎はのちに最愛の妻となる松子夫人(当時人妻)を思う心から、現妻である千代子夫人を疎ましく思っていた。この10年後にかの妻譲渡事件が起こる...
 だからこの小説には、その胸中が如実に表れているといえよう。女性相手に、こんな想像を巡らせているなんて恐ろしい。
 夢中な女性には一途な愛を捧げひざまずく一方、興味を失った女性にはひどい冷酷さを見せる谷崎が怖い...。

谷崎途上

・引用文献「谷崎潤一郎犯罪小説集」谷崎潤一郎著 集英社文庫(2007)より「途上」